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モモ

私が12歳前後の頃、
momoは我が家に来ました。

momoは、私が高校を卒業するまで、
ずぅーっと一緒でした。
目の前は、大きなバス通り。
痛い目にあったことがあるのか、
死ぬまで、絶対バス通りの向こう側に行くことのない、
賢い猫でした。

momoは、家と外を自由に行ける猫でした。
冬になれば、冷たい鼻を寝ている私の顔にあて、
「布団を開けて」と催促します。
布団の中に入ると、上手に回り、
頭を出して一緒に眠りました。

夜、外に出たいときも、
最初は小さな声で「ニャ-・・・」
そのうち、私の眠っている耳のそばで「ニャーニャー」
それでも起きないと、頭にそっと手を当て、隠された尖った爪を「チクッ」っと出す(笑)
まるで、人間みたいな猫でした。

若い頃のmomoは、
よく遊ぶかわいい猫でした。
シーツの端から少し指をのぞかせて、
何か生き物のように動かす。
すると、目を光らせて飛び掛ってくる。

柱の影から、顔を半分だけ覗かせて、
まるで狙ってるかの様に仕向ける。
momoも目を真ん丸くして、頭を低く、腰を高くあげ、
一瞬にして飛び掛ってくる。

遊んでいる最中に、死んだふりをすると、
心配そうに覗き込み、大きな声で「ニャオ!ニャオ!」鳴いてくれる。
私達は、いつも一緒に遊んでいました。

ある夏の日の朝、
momoが、寝ている私のお腹付近で、何かタマをとっている。
小さな尖った爪が、お腹にチクチク当たり、
目が覚めました。
「どうしたの?」
と寝ぼけ眼で起きると、
寝ている私のパジャマの下から、、、トカゲが・・・。
「ぎゃぁーーー!!」
それは、momoが庭で捕まえてきたトカゲでした。。。(笑)

ある日には、
学校から帰ってきて、2階の自分の部屋に行くと、
羽毛が。。。???
そこには、momoが捕まえてきた、鳩がいました。。。(鳩さんごめんね。)

momoは猫らしく遊んでいました。

犬の散歩に出掛けると、
一緒についてきていました。
砂山の遊び場では、その頃飼っていた犬と、
めいっぱい走り回って、追いかけっこをして遊んでいました。
自分で、気ままに散歩に出かけても、
呼べば必ず帰ってくる、おりこうな猫でした。

私が机に向かって勉強していると、
鉛筆の先に向かって、猫パンチ。
私が机に向かって泣いていると、
ザラザラした舌で、涙をふいてくれていました。
言葉は伝わらなくても、心は通じ合えていました。

赤ちゃんも1回、産みました。
台所の片隅に大きなお腹を抱えて入り込み、
翌朝になってみると、かわいい赤ちゃんが4匹産まれていました。
初めてなのに、誰も教えるわけでもないのに、
momoは、立派に4匹育てあげました。

高校を卒業して、里帰りをすると
何年かは、その頃と同じように、遊べました。
が...
帰るたびに、その幼くてかわいいしぐさの数は減っていました。

私も嫁ぎ、momoは実家にそのまま住んでいました。
里帰り出産で、私の赤ちゃんが生まれると、
必ず見に来てくれました。

ある年の夏の終わり、
「この夏こそもうダメかも、、、」
一緒に住んでいた母の言葉でした。
言葉通り、momoはよたよたしていました。
一緒に住み始めて20年以上。
もう、結構なおばあちゃん猫で、
私の子供達の騒々しさを嫌って、
私達が実家に行くと、よたよたとしながらも外に出ようとします。

momoが亡くなる2日前の夜、
実家の両親が家を留守にすると言うので、
家族にわがままを言って、momoと二人で夜を過ごすことが出来ました。
momoは、力なさそうに、歩くのもやっと...。
一歩が、とても長かった。
夜中に水が欲しかったのか、
昔のように、元気な声ではないけれど、
かすれた声で、私を起こしました。
ゆっくり歩き出すmomo
「どうしたの?」と声を掛ける私の目の前で、
パッタリ倒れ込みました。
「もも!?」
息はありました。
それから、ゆっくり歩き出し、また、自分のお気に入りの場所で、
眠りにつきました。

それから二日後の朝。
父から電話がありました。
「ももが天国に行った・・・」
明け方、「ニャー」っと一声鳴いて、
仏間の真ん前に、横たわったそうです。

momoは、私に初めて、動物と人間と通じ合うことを教えてくれた猫でした。
死んでしまうことは、とっても悲しいけれど、
人間である以上、「ペットの死」は見届けてあげないといけないと思います。
たくさんの楽しい時間をくれたのだから。

もも!ありがとう☆
天国でも、みんなと仲良く、たくさん遊んでね。

それから・・・

私が家を出てからも、momoの面倒をみてくれた両親に
感謝します。
ありがとう 。